なるほどっ、そうかっ!
消えては浮かぶ日々の疑問を解決、気分はスッキリ。
誰かに話さずにはいられなくなるような雑学のいろいろを紹介する。
どこかユーモラスで笑えてくるホントの話ばかりじゃよ。

本当のところを正しく知るのはこんなに楽しく面白い。
話のタネになる話題満載じゃよ。
これであんたも人気者じゃ


NO.25<ホワイトハウスの名前の由来は?>

いうまでもなく「ホワイトハウス」はアメリカ大統領官邸の別称です。
「クリントン氏、ブッシュ候補を破ってホワイトハウス入りを果たす」というように
現在ではアメリカ大統領の地位の象徴のようになっています。

このホワイトハウス、文字どおり全体がまっしろに塗られた建物ですが
完成当時からいまのような姿だったわけではありません。
大統領官邸が完成したのは1800年。
最初の住人は二代大統領のジョン・アダムズですが、
このころはいまのような白い建物ではありませんでした。

独立後まもない1810年ごろ、アメリカは、ヨーロッパのナポレオン戦争に対し中立を守り
貿易上の利益を守ろうとしましたが、
ナポレオンと戦っていたイギリスはアメリカの通商を妨害しました。
こうして起きたのが米英戦争(1812〜14年)です。
この戦争で首都ワシントンの大統領官邸も一時戦火にまきこまれ、
1814年に大半が焼失してしまいました。

翌1815年、全面改築を行うときに、火事で焼けこげたあとを隠すために
全体をまっしろなペンキで塗ったのです。
これがホワイトハウスの名の起こりです。

なお、ホワイトハウスが正式の呼称として使われるようになったのは
二十六代大統領ルーズベルトが便箋にホワイトハウスの名を入れてからのことです。

NO.26<二枚目、三枚目と呼ぶ由来は?>

映画や芝居の役者のことを「二枚目」とか「三枚目」などといったりします。
これは、もとは歌舞伎から出た言葉です。
昔は、芝居小屋の表正面に、
その一座の幹部役者8人の絵姿を描いてかかげる習わしがありました。

その表看板は、まず「書き出し」から始まり
「二枚目」「三枚目」「中軸」「敵役」「実敵」「実悪」と続き
最後に「座頭」と並ぶのがきまりとなっていました。
その「二枚目」には、前髪姿の美男子で人気のある役者の絵が、極彩色に描かれていたのです。
転じて、こうした役を演ずる役者のことを「二枚目」と呼ぶようになり
現在では一般に美男でハンサムな男性のことを
「あの人は二枚目ね」などといったりするようにもなりました。

また、「三枚目」は道化役の似合った、主として脇役を演ずる役者が描かれていたところから
「三枚目」というと、こっけいな役者のこと、あるいは面白い人などのことを言います。
ちなみに、最初の頃は劇団の座頭を「立役」、
次に偉い人のことを「二枚目」
三番目に偉い人のことを「三枚目」と呼んでいたのですが
しだいに変化していって、その役柄から男性の主人公を演じる役者を「立役」、
色男を「二枚目」、道化役を「三枚目」、老人になるものを「老役」、
女に扮する役者のことを「女形」などといったりするようになったのです。

この「女形」も、八枚の表看板と同じように
顔見世興行の月には、やぐらの下に四枚の絵看板がかかげられました。

NO.27<座禅ではなぜ肩を棒で打つのか?>

禅ブームとやらで、精神修養に禅寺へ座禅に行く人が増えています。
また、とくに禅寺へ行った人でなくても、テレビなどで、あの棒のことを知っている人は多いようです。
棒でたたくのをたんに、眠りかけたり、姿勢が悪いのを
叱る意味だけにとる人もいますがそれは間違えです。

禅寺では、あの棒のことを「警策(きょうさく)」と呼んでいます。
警策を打つときは、打つ者、打たれる者が、まずお互いに合掌し、頭を下げます。
そして、打ち終わってからも、同じように合掌、低頭します。
つまり、そこには感謝の心があるのだそうです。
打つときの音は、骨が折れるのではと思うほど激しいものですが実は、ちゃんとつぼを押さえてあります。
警策の棒は、丸い棒ではなく、へらのように先端が薄く幅をもたせてあります。
その棒で、肩こりの代表穴である肩井(けんせい)と
脳神経に伝わっている身柱というつぼを刺激するのです。

そのため、警策を受けるほうは、
緊張からくる肩こりがとれ眠気とか、
だれきった気分を引き締めることができるのです。
つまり
「しっかりやってください」
「ありがとうございました」

といった、両者の心のつながりが、あの棒に表れているというわけです。

NO.28<日本という国名の由来は?>

日本のことをさすことばに古くは「大八洲(おおやしま)」「秋津島(あきつしま)」
「豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)」「葦原中国(あしはらなかつくに)」
「大和(やまと)」などがあり、中国では「倭(わ)」と呼んでいました。
それが「日本」と定められたのは、大宝元年(701年)に制定された大宝律令によってです。

大宝律令は、日本最古の完成された成文法で、
日本という国は、生まれたときから「日本」であったといってよいでしょう。
大宝律令のころは「日本」と書いて「やまと」とか「ひのもの」と読んでいましたが
奈良時代になると漢字の知識が広がり
訓ではなく音読みするようになりました。「にほむ」と発音していたようです。
これが時代が下がって、室町時代になると、東国の発音で読まれるようになり
「にほん」あるいは「にっぽん」となったのです。

現在では「にほん」でも「にっぽん」でもどちらの読み方でもかまいませんが
昭和9年(1934年)の文部省臨時国語調査会では「にっぽん」に統一され
一時期この呼び方が強制されたことがあります。
このとき、東京の「日本橋」と「日本書紀」だけは例外に
「にほん」と読んだといいますから、考えてみたら随分おかしな話です。

英語のジャパンという呼び名はマルコ・ポーロの
「東方見聞録」に載っていた
「ジパング」(黄金の島)からきています。

NO.29<「一ケ」と書いてなぜ一個と読むの?>

「リンゴ一ケ50円」の「一ケ」です。「いっけ」と発音する人もいますがこれは間違い。
これはカタカナの「ケ」とは関係なく、「箇」の字の古い形からきています。

昔、「箇」の別体として「个」という文字がありました。
「箇」や「個」と同じく「こ」もしくは「か」と読み
物の数を数えるのに使われていました。

この字を崩して書くと「ケ」のようにみえます。
それでいつしかカタカナの「ケ」と勘違いされてしまったのです。

NO.30<世界で一番初めに日付の変わる国は?>

日付といえば、日付変更線が問題になりますが日付変更線は北極からベーリング海峡を通り、
太平洋の真ん中をほぼ東経180度の線に沿って走っています。
世界の日付は、この日付変更線を境にして切り替わることになっています。

たとえば、日本とハワイとは日付変更線をはさんで東西に位置していますから
ハワイに向けて夜の飛行機で出発するとホノルルに着くのは同じ日の朝になります。
一日を二度も経験するような錯覚に陥ります。

さてこれで、世界でいちばん初めに新しい日付を迎える国はというと
日付変更線のすぐ西側にある国と見当がつくことでしょう。
それは、太平洋上に浮かぶ島、トンガ王国なのです。
ベーリング海峡に面する旧ソ連のチュコト半島も、トンガと並んで世界で最初に
日付が変わる地域ということができますが、一国がまとまって新しい日付に変わるという点では
やはりトンガ王国をリストアップするべきでしょう。

逆に、日付が変わるのが遅い国としてはトンガの北東にある西サモアをあげることができます。
トンガ王国が1月1日の午前0時を迎えたとき
日本では前日の午後8時ぐらい
グリニッジ標準時では正午
西サモアでは12月31日がはじまったばかりということになります。

NO.31<年下の恋人を「若いツバメ」とは?>

このことばの由来は、女性解放運動の草分け平塚雷鳥(ひらつからいちょう)の恋愛事件です。
平塚雷鳥は、明治44年(1911年)に青○社を結成
女性解放、婦人参政権要求などの運動の中心となった人です。
ところが、彼女が年下の洋画家「奥村博史」と恋におちたため彼女らのグループは大騒ぎとなりました。

奥村は、「静かな池で水鳥たちが仲良く遊んでいるところへ
一羽のツバメが飛んできて平和を乱してしまった。
若いツバメは池の平和のために飛び去って行く」という手紙を残して身を引きました。

ここから、年下の恋人のことを「若いツバメ」というようになりました。


●参考書籍:講談社・日本社著[つい誰かに話したくなる雑学の本]